| 無謀な思い上がり | - 2006/01/12
- 自分がもう健常者でないことを、頭の中で理解していても、それを常に意識することは難しい。特にALSのように進行が早いと、つい思い上がってしまう。
先日の転倒もそうだ。 もし、転倒が不可抗力なら、夜中の用便や、寝る前の飲酒後の方が、転倒の危険性は高いはずだ。しかし、今までの転倒事故は、ケガをした1回以外は、全て昼間だ。飲酒後や夜中には、自覚が大きく、慎重な上にも慎重に歩く。それに対して、昼間はつい油断をしているのかも知れない。
衣服の着替えと冬の到来が一緒になったため、通院は苦労をする。ALSの病院と、10年来の高血圧の病院と、それぞれ4週間に1回は行かなければいけない。これまでは、まだ車を運転していたので何とかなったが、運転も封印してしまったため、つい近所の高血圧のかかりつけ病院にも行けない。通院するためには、普段自宅にいる服装では寒すぎるし、逆に外へ行ける服装では、部屋では暑すぎるのだ。 ところが、毎週水曜日には、午前11時には訪問リハビリが終わり、午後2時半には家事援助が始まる。 療法士のN氏に、今開発をもくろんでいる「半自動起きあがり装置」の実験を手伝って貰った後、これも本来の業務外の着替えをして貰った後、N氏と一緒に部屋を出た。近所の高血圧の病院へ行くためだ。福祉のタクシーチケットも月3回だが、使えるようになったこともあり、まだ、なんとか一人で行けると思い上がってしまったのだ。
その思い上がりは、部屋を出たとたんに、潰された。N氏に見守って貰いながら、階段を1段降りたときに、だ。 わが家の階段には手すりがあるが、降りるときは左側で、昇るときは右側になる。 一歩目を踏み出したとたんにバランスを失い、倒れそうになり、手すりを持った手に力を入れようとしたが、左手の力はほとんど無い。N氏がとっさに支えてくれなければ、間違いなく階段落ちをしてしまっていた。 考えてみれば、約1月ぶりなのだ、階段を下りるのは。 しばし呼吸を整え、2歩目を踏み出す。今度は、腰を手すりに押しつけることですこしずつバランスを補正したのだ。 でも内心は、かなり焦っていたし、半分後悔をしていた。しかし、今更引き返せない。 N氏をハラハラさせながら5階を降りきると、当然タクシーはとっくに到着していて、私を待っていた。心配するN氏と別れ、健常者が乗ったら怒られる距離を病院に向かった。しかし、頭の中では、もうこれが限度だ、と理解した。 病院では、少し前から訪問医療制度がスタートしたことを知っていたので、次回からは通院を諦めて、訪問医療を申し込んだ。
処方箋を貰い、数軒隣の薬局に行く。 病院が混んでいたことあり、時間がかかったが、実はほっとしていた。というのも、この時間の流れだと、階段昇りが危険なら、階段の昇り口で午後のヘルパーを待つと言うことも出来るからだ。
来るまで待てばいいと思って帰ると、なんと、信頼するヘルパーのS氏とばったり!強運なのだ、私は(笑)。 S氏に左側を支えて貰いながら階段を昇る。しかし、降りるときに比べたら、すごく楽だ。降りるときは、1段毎に両足を揃えていたが、昇りでは半分ほどはリズムに乗り、片脚で1段を上る。力の残っている右手で手すりを持ち、左はS氏に支えられているせいもある。 危険を感じることもなく、5階まで昇れたが、もちろんこれで思い上がってはいけないと、自省する。
本当に無謀だったと思う。 今日は、前回の転倒を心配して頂いた、ケアマネとサ責の二人が来てくれたので、反省と、福祉用具レンタルで「歩行器」をお願いする。 「半自動起きあがり装置」がうまくいったとしても、転倒しないことが大事なことは言うまでもない。 もう歩くことは難しいと、自ら認めることで、出直しだ。
実は、関東地方で1月5日に再放送された「新・京都迷宮案内」の「奇妙な落書きの謎」という老父を介護する娘の話が、妙に印象に残った直後の話だ(笑)。
|
|